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●日本鍼灸の特徴 -「日本鍼灸」の特徴と真髄 (『北米東洋医学誌』2007年11月発刊号)-より抜粋 大浦慈観 私は日本の鍼灸に興味を持つ以前、1988年に北京の病院にある鍼灸部門に留学し、鍼灸の手ほどきを受けた。それゆえ、中国鍼灸の良さや凄さも見て来たつもりでいる。中医学の特徴は、すべて「弁証論治」に基づいて、理路整然と施術が施されることである。それゆえ問診が最も重視される。 これに対し「日本鍼灸」はどうかと言うと、感覚的なものを重視する傾向がある。脈診・腹診・切経もそうであったが、施術の方針を立てるにおいても「目の付け所」といった外国人から見れば極めて曖昧だが、日本人にとっては的確かつ単純化された治療目標を設定する。 もちろん、五臓のどこに不調があるか、何経の変動かといった最低限の「証立て」は行うものの、そこから先は「技の世界」として経験の中で培われる「観の目」が重視されるのである。それゆえ、弁証から治法・配穴・補瀉術の選択まで至る中国鍼灸からは、「理論が無い」と批判される所以である。 では「目の付け所」や「観の目」とは言っても、何を拠り所としているのかと言うと、邪気や毒のあり様や、気の偏在や変動を察することであり、治法・配穴・手技術はそれに基づいて自ずから流れるように施されねばならない。臨床の実事に着いて熟練を貴ぶのである。 観世流の能の舞台表現に「序・破・急」というものがある。導入部の極めて静かな曲の序の舞に始まり、展開部では動的変化に富んだ破の舞に転化し、終結部では短く躍動的な急の舞で盛り上げ、余韻を残しながら再び静寂へと戻ってゆく。能に限らず、歌舞伎・浄瑠璃・楽曲・講談など、日本の伝統文化には速度や演出の三区分として「序・破・急」がある。 日本の伝統的鍼灸もまた、この「序・破・急」を重視していた。それは「捻り」などの一つの技の内にも「序破急」があると同時に、治療という場面全体の中にも「序破急」を意識していたのである。 もともと日本人は議論や理屈を嫌う傾向がある。鍼灸という場における、術者と患者との「気の遣り取り」を重視し、そこに「癒し」と「美」を表現しようとしていたのかもしれない。「日本鍼灸」の世界は、治療であると同時に「心身の癒し」であり、「芸能」の世界に近いと言える。
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